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社長の「発信参謀」が年収3,500万円の時代?!——採用・売上・投資を大きく左右する「経営者の発信」

はじめに:発信は「やったほうがいい」から「やらないと負ける」へ

2025年夏、PayPalが異例の求人を出しました。「Head of CEO Content」——CEO専属のコンテンツ責任者というポジションです。年収は23万6,000ドル(約3,500万円)以上。マーケティング部門でも広報部門でもない、CEOの発信だけを担当する専任職です。

これは一企業の特殊な動きではありません。経営者の発信が、企業の競争力を左右する「経営課題」になったことを象徴する出来事です。

本稿では、なぜ経営者の発信がこれほど重要になったのか、採用・売上・投資家の3つの観点から、データと事例をもとに解説します。


1. 採用に効く——求職者は「会社」ではなく「経営者」を見ている

82%が入社前にCEOを調べる

「この会社で働きたいか」を決める際、求職者は何を見ているのでしょうか。

調査によれば、82%の従業員が入社を決める前にCEOのデジタルプレゼンスを調べていますOhhhMyBrand)。会社のホームページや採用ページだけでなく、経営者個人のLinkedIn、SNS、過去のインタビュー記事などを確認しているのです。

これは特に若い世代で顕著です。世界経済フォーラム(WEF)の調査では、**欧州のGen ZとMillennialsの約9割が「自分の価値観に合う会社に転職したい」**と回答し、**60%が「価値観の不一致は入社を断る理由になる」**と答えています(Tenacious AI Marketing Global)。

彼らが知りたいのは、会社の福利厚生や給与だけではありません。「この会社を率いる人は、どんな考えを持っているのか」「自分が共感できるリーダーか」という点です。

発信しない経営者は「存在しない」のと同じ

経営者の発信がなければ、求職者にとってその経営者は「顔が見えない人」でしかありません。パーソナルブランディングの専門家Chris J. Reed氏は、こう警告しています。

「あなたの名前をGoogleで検索して何も出てこなければ、それは赤旗(レッドフラッグ)です」

採用競争が激化する中、経営者の発信は「あると良い」ではなく、優秀な人材を惹きつけるための前提条件になりつつあります。


2. 売上・顧客に効く——消費者は「ロゴ」ではなく「人」についていく

77%が「CEOがSNSを使う企業から買いたい」

BtoCだけでなくBtoBにおいても、経営者の発信は購買意思決定に影響を与えます。

調査によれば、**77%の消費者が「CEOがソーシャルメディアを活用している企業から購入する可能性が高い」**と回答しています(OhhhMyBrand)。また、Sprout Socialの調査では、70%の消費者がCEOがSNSで活動的なブランドにより親近感を感じ半数以上がそうした企業により多く支出すると答えています(OhhhMyBrand)。

なぜでしょうか。人は「ロゴ」ではなく「人」に共感し、信頼するからです。

企業アカウントの5〜10倍のエンゲージメント

「それなら企業の公式アカウントで発信すればいいのでは?」と思うかもしれません。しかし、データは明確にその考えを否定しています。

Refine Labsの調査によれば、経営者個人のLinkedIn投稿は、企業ページの投稿と比較して5倍のエンゲージメントを獲得します(nDash)。別の調査では、ソートリーダーシップ・コンテンツ(経営者の見解や洞察)は、企業コンテンツの8〜10倍のパフォーマンスを発揮するという結果も出ています(Tenacious AI Marketing Global)。

企業アカウントは「情報提供」の役割を果たしますが、「関係構築」「信頼醸成」の役割は経営者個人の発信でなければ担えません。


3. 投資家・ステークホルダーに効く——信頼は「人」に宿る

企業レピュテーションの半分は経営者に帰属する

企業の評判は、製品やサービスだけで決まるわけではありません。

調査によれば、企業レピュテーションの平均58%は経営陣に帰属し、そのうち49%はCEO単独に帰属しますTenacious AI Marketing Global)。つまり、企業の評判の約半分は、経営者個人の評判で決まるということです。

さらに、**92%の人々が「シニアエグゼクティブがオンラインで可視的・活動的な企業をより信頼する」**と回答しています(Tenacious AI Marketing Global)。投資家や取引先は、企業のIR資料や決算発表だけでなく、経営者個人の発信を見て「この人に賭けられるか」を判断しています。

AI時代の「発見可能性」問題

2025年現在、意思決定者がChatGPT、Perplexity、Google SGEなどのAI検索を活用するケースが増えています。これらのAIは、「この業界で信頼できる経営者は誰か」という質問に対し、オンライン上で可視性の高いリーダーを優先的に表示する傾向があります。

発信をしていない経営者は、AI検索の結果にも現れません。つまり、投資家やパートナー候補が情報収集をする段階で、そもそも選択肢に入らないリスクがあります。


4. 発信の重要性はわかった。しかし時間がない

PayPalが専任職を置いた意味

冒頭で紹介したPayPalの「Head of CEO Content」——この専任職に年収23万ドル以上を投じた事実は、逆説的に重要なことを示しています。経営者の発信を継続的に回すには、それだけの体制が必要だということです。

nDash社は「CEOをフルタイムのコンテンツクリエイターにするわけにはいかない」と指摘しています(nDash)。経営者の本業はビジョン策定、意思決定、組織運営であり、発信はその一部でしかありません。しかし発信の効果を得るには「一貫性(consistency)」が不可欠です。週に2〜3回の投稿を継続することで、初めて信頼と認知が積み上がります。

構造的な矛盾

ここに構造的な矛盾があります。発信は重要だが、経営者には時間がない。しかし継続しなければ効果は出ない。

企業のステージによって取れる体制は異なります。スタートアップでは経営者自身がマーケティングチームやフリーランスの支援を受けながら発信し、成長期にはコンテンツチームが戦略とスケジュールを管理します。そしてエンタープライズ段階になって初めて、PayPalのような専任職を置く余裕が生まれます(nDash)。

では、専任を置けない多くの企業はどうすればいいのでしょうか。

AIだけでは解決しない

「AIを使えば効率化できる」——そう考える経営者も多いでしょう。確かにAIツールは下書き作成や情報整理には有用です。

しかし、満足のいく出力を得るまでには想像以上の時間がかかります。「プロンプトを考える→出力を確認→修正指示を出す→また確認」——この応酬を繰り返すうちに、結局かなりの時間を費やしてしまいます(OCEANS)。

そしてAIの最も本質的な限界は、経営者の思考を「引き出す」ことができない点です。AIはインターネット上の情報を整理・要約することは得意ですが、「経営者の頭の中の考え」を主体的に引き出すことはできません(Timewell)。

経営者の発信において最も価値があるのは、その人だけが持つ経験や洞察です。それを言語化するには、AIではなく、適切な問いを投げかけて思考を引き出すプロセスが必要です。


おわりに:発信しない経営者のコスト

経営者が発信をしないことには、見えないコストがかかっています。

  • 採用コストの増加:優秀な人材が他社に流れる
  • 信頼構築の機会損失:投資家やパートナーの選択肢に入らない
  • 競合にナラティブを奪われる:自分のストーリーを自分で語らなければ、他者に定義される
  • AI検索での不可視化:発見されなければ、存在しないのと同じ

経営者の発信は、もはや「余裕があればやる」仕事ではありません。採用、売上、資金調達、ブランド構築——あらゆる経営課題に直結する、経営者にしかできない仕事です。

問題は、それをどうやって「続けられる仕組み」にするかです。


参考文献・データ出典

  • nDash "Why CEO Personal Branding Matters More Than Ever on LinkedIn" (2025)
  • Tenacious AI Marketing Global "Leadership Team Personal Branding Costs & Pricing 2025-2026"
  • OhhhMyBrand "The Ultimate Guide to Personal Branding for CEOs in 2025"
  • Sprout Social Consumer Survey
  • Refine Labs LinkedIn Engagement Study
  • World Economic Forum Gen Z/Millennial Values Survey
  • OCEANS「AIで記憶力が8割減」の実験結果も!AI依存のリスクとAI時代を生き抜く人の条件
  • Forbes Japan「AIを使いすぎると人は愚かになる 研究でわかった『認知的オフロード』のリスクと対策」
  • Timewell「AIは思考力を奪うのか?過剰利用が招く認知能力低下のリスクと対策」